28才。アラサー感がない。自分は自分なのは20代までなのか?酒井順子と東村アキコにのせて

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酒井順子さん 子どもを持たない人生という選択:日経ウーマンオンライン【この人に聞きたい!】

 

酒井順子が27才で残した著書を読み「もう足元にも及ばない」

5/19で28才になった心境を書いていく。

「負け犬の遠吠え」で論争まで発展した酒井順子の代表作。

 
著者に出会ったのは誕生日が来る前にたまたま「トイレは小説より奇なり」を読んでからだった。
これを読んでいる私は27才。


しかし、著者はこれを”書き上げたのが”27才とあって打ち抜かれた。

 

 

その寸前、

 

ダメよ!

弾はすぐそこよ! と聞こえ

 

奴は心臓を真っ先に直撃した。

おちおち本を読んでいる場合じゃない。

もう全身大爆発。誤爆だと信じたいくらいだ。

 

 

気を取り直して、今の気持ちを書かなきゃ。

電車内でスマホのメモ帳を引っぱり出して書き留めた。

 

 

酒井順子さんとは何者か

 作家デビューは高校在学中。
マガジンハウス「オリーブ」で連載デビュー以降、文字が載るよろこびを感じて書き続けて現在50才。

活動歴が長いので作品もたーくさん。

書籍担当者とたまたま同い年であることから意気投合して、負け感を抱き続けた人生をどうかわかってほしくて書いたとおっしゃっていた。

www.webdoku.jp

 

  

自分は自分が通じるのは今だけなのか?って疑問

 「負け犬の遠吠え」は2004年発売だから10年以上経っている。

 

これほどたった今は30才過ぎて未婚、子なしはふつうだし、むしろ30才前後での出産はもったいないとさえ感じる。

 

一旦「負け犬・勝ち犬」論争は終焉を迎えたものの、20??年、東村アキコが「東京タラレバ娘」を引っさげ、ぶっこんできた。

 

何をしてくれてるんだ。

1巻読んだけど共感できないじゃないか。

 

 28才は世の中的に言うと「アラサー」らしい。
でも、その年齢になるまでずっと私は私だったのだ。 

 

タラレバ娘も負け犬の遠吠えもしっかり理解できなかった。
私の人生経験では理解できるレベルに達していない。

 

 タラレバの主人公にもアラサーになって焦る気持ちもわからないんだ。

 

27年間ずっとサトエリだったのが28才になったとき、5年10年スパンで切っても激動の人生だったが、仕事で実績として言える自負できるほどの手応えも感じていない。

 

唯一自信があるのは私にしかわからない変化を楽しみながら生きていること。
弱みをさらせること。

 

 

仕事で成果を出していないから疎外感がある
 

んじゃ、具体的に共感できない理由はタラレバ世代の対象ってそれなりに仕事ができて何かしら成果を出している人。

 

また、女性の活用で動いている政府や会社も対象にしているのは同じ。
そこに私はいない。疎外感があるのだ。

  

それなのに20代後半だからって意味で人生に迷え、老いを怖がられと思わなくてはいけないと色んな媒体が言っているもんだから、どれ見てみようかと理解しようとしてもムリだった。

 

どの世代と話しても嚙み合わず、ずっと私はお子さまって気がする。

 

人生のスタートが遅すぎて「タラレバ」や「アラサーあるある」についていけない。
周りの20代と話しても時差が7~8年感じる。


生き急ぎならぬ「生き遅れ」

同世代の女性はホント大人だなぁ。

 

 

やりたいことがあるなら物欲でモタつくな

 

 

 

 誕生日きてから20代やりたいことがリストを書いている。
ほとんどが物欲で、家にいる時間を大事にしたいから着心地のいいパジャマが欲しいとかばっかり。

 

物欲ばかりで肝心のどんな風に仕事を作りたいかあまりない。
むしろ生きてるんだったら何をつくるかの方が大事だったりする。

 

物欲って食欲みたいなもので買えば満たされて他の作業ができるわけで。
すぐ終わるものでいつまでも悩んで足かせになるのはもったいないのだ。

 

これからやりたいことをやろうとしてる人は、何年も前から欲しかったものを買ってあげることをおすすめしたい。

物欲満たして仕事をがんばります。

 

おしまい。

障害者はダサイ。だから面白い・カッコイイから理解を進めよう。

こんにちは、サトエリです。

 

発達障害の特徴を勉強するうちに障害者が特徴を使って、その人にしかできないものをつくることに興味があります。
美術館に行くと目の見えない人がどうやって鑑賞しているかが気になってたんですよ。


この本は「ソーシャルビュー」という新しい鑑賞法がありました。

 

 

見るためには情報ではなく意味に注目すべき

 

伊藤さんが一番言いたいのは私たち健常者が見えない人の世界を「見る」ための方法として、「情報」ではなくて「意味」に注目すべきってことです。

人間は視覚の情報源が9割。
使わないと得られる情報量はどうしても限られてしまう。

だからこそ「意味」が必要で世界の捉え方や体の使い方があるんです。
私たちは彼らの見え方について学ぶと新しい見方ができるかも。

 

 

情報を与えるための福祉は危険

 

一般的に障害者に向けた「情報」とは何を指すのでしょうか?

視覚障害者が生活しやすくする補てんとして図書館の朗読サービス、
シャンプーボトルのライン、点字ブロックなどがあります。

健常者と障害者の情報量の差をなくす良い例なんですが、
伊藤さんはこういった「情報を与えるための福祉」を危惧しています。

福祉制度とその意義は否定しないと前置きしつつも、日常生活で障害のある人とない人の関係が、福祉的な視点に縛られてしまうことです。

 
つまり、健常者が障害のある人と接するときに何かしてあげなくてはいけない、
特に色々な情報を教えてあげなくてはいけないと構えてしまうこと。

そんな「福祉的な態度」に縛られてしまうのは、もしかするとふだん障害のある人と
接する機会のない、すなわち福祉の現場から遠い人なのかもしれません」

 

 

健常者だって間違えるし盲目

 

本書では障害者がアート鑑賞をするときは「見える人に解説してもらう」または
「触れるアート」がよくある姿でした。

しかし「見えない人がいることでその場のコミュニケーションがどう変わるか」
注目してソーシャルビューというイベントを紹介してます。


こんな感じで作品の前でおしゃべりしながら

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障害者と考える身体 (1) | 伊藤亜紗 | BONUS



 聴覚、視覚、身体障害者は欠けている機能を補うために体を拡張させます。
あるときは全身が触覚になって「触れる」を実現し、全身で「見る」こともしちゃます。

 

この本では視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップを紹介しててコンセプトはみんなで見ること。
武器は言葉だけで、作品の特徴を語り合いながら鑑賞します。


視覚障害者には「絵画なんて無理にわかろうとしなくてもいい」と思う人も多いらしいです。
見える人の解説で正解を知るのではなく障害者も健常者も同じように「見て」質問しあう場なんです。

 

みなさんには生活で「これー!言葉にできないーー」ってありませんか?

 


ソーシャルビューではオノマトペをたくさん使う必要があります。
本書には鑑賞中に湖だと思った学芸員が実は黄色い斑点があることから野原だと慌てて訂正した描写があります。

このように私たちは作品から想起するイメージで見ているわけで、
私たち健常者のボキャブラリーが問われますね。

 

 

ホンモノを見て喜ぶうちはまだ鑑賞者じゃない

 

ソーシャルビューツアーを考案した方はきっかけは友達のひとことだと言います。

「作品を見て新しい発見があったり、気づきがある、感動したときが言ってよかったと思える」と。

そこで「ホンモノを見るのが一番だよ」なんて言われたら実現してなかったのかもしれません。
アート鑑賞の目的を情報を得ることだけじゃもったいない答えがここにあります。


私もホンモノが見れた満足感よりも、初期の作品と今ではどう変わったか想像したり、
自分との共通点を発見して楽しんでいます。

「見る」だけよりも作品から連想させながら、考えながら見てるんです。

 自動代替テキストはありません。

 

 

作品の写真撮ってそのあとどうするの?

 

草間彌生さんの展覧会は写真OKの場所がありました。
撮る→インスタにあげるだけじゃ、ただ情報をネットにあげただけになってしまう。

展示会中に研ぎ澄ませる時間がとれません。
これは非常にもったいない。

撮影OKなのはいいんですが情報を得るための人は撮ってばかりいては気が散ります。
みなさん何のために撮ってるか考えたことありますか?

 

おもしろい・カッコイイがベースにあると障害の理解が進む

 ぱぷりこさんが「人間と虫は明るい場所を好む」と言ってました。
そっくりそのまま障害者にも言えます。


私はあらゆる障害者を「ダサイ」「暗い」と思ってきました。
あと、福祉の分野もできれば関わりたくないなとも。

重度の障害はやっぱり避けて通りたい、知り合いになるのも遠慮しておきたい。
なんか危害を与えてきそう、ああはなりたくないとか。

課外活動で障害の方と工芸品をつくる企画をしていたときも友達に
「あーそれ売れない。ダサイ」と一撃され、悔しいけど同じように感じていたのは否めません。


でも、発達障害を知るうちに他の障害にも興味を持って調べてました。
そしたらおしゃれなサイトや福祉団体ってけっこうあるんですねー。

 

今年もやるらしいです。超福祉展。
めっちゃかっこよくないですか?!

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www.peopledesign.or.jp

 


「福祉」には弱者を助けるイメージの強いので、「おもしろい」をベースにした障害との付き合い方が理解を広めるのに役に立ちます。


ソーシャルビューって面白そう。
小さなギャラリーを貸切ってソーシャルビュー

 

視覚障害者がどのように身体をつかって「見て」いるのか間近で体験したい。
発達障害同様、障害の使い道を開拓したいですね。

 

ニッチモテは最強だ。みうらじゅんの「ない仕事を作り方」感想。

みうらじゅんさんってずっと活躍している人。
ただ「クリエイター」ってイメージがなくて私たちと同じ生身の人間だって事実が信じられない。

もう浮世離れした人であり毎日、滝奉行する仙人でいて欲しいのだ。

 

物足りなければみうらじゅんだし、あそこにも、ここにもいつの間にいるのはみうらじゅん。そして伊集院光、安藤肇。


あながち間違っていないはず。
この本はみうらじゅんさんの仕事づくりのリアリティが見えて面白かったです。

あの見た目で真面目な話をされるとグッと、そしてキュンときますね。
至極まともで私が考えていたものが正しかったのだとせいせいしました。


自分がメジャーモテかニッチモテかを把握すべき

 

私の仕事をざっくり説明するとジャンルとして成立していないものや
大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつけて、
ひとひねりして新しい名前をつけて、いろいろ仕掛けて、世の中に届けていくことです。

普通の仕事ではどうかわかりませんが、私は仕事をする際、
「大人数に受けよう」という気持ちでは動いていません。

 

 

みなさんはメジャーモテですか?ニッチモテですか?

 

読んでいて、世界一美味しい朝食で有名な「Bills」のプロデューサー・中村さんを思い出しました。真逆な二人だなと。


中村さんは「1×100も100×1も同じ」ということだ。
一つの専門家として何かを極めることは100×1。

それと同じぐらい1のことを100個知っているということは価値があるとインタビューで答えていました。

映画のトップ3を調べては音楽のトップ3を調べ、1つの専門領域を攻めるよりも色々な分野に興味を持っていると、奥さんにまで何が流行っているかを聞かれるようになったのだとか。

中村さんもみうらさんも色々な分野に興味を持っているのは同じでも、
すでに流行っているものを持ってくる発想と、ジャンル分けすらされていないものを広める発想は全然違うんですね。


だから自分にはどっちの発想が合っているか把握した方がいいってこと。

 

 
自分を大事にしてくれる人を見つけるためにニッチモテになる 

 

ニッチな仕事への適性を著書は以下のように述べています。

 

必要になってくるのはムダな努力です。
興味の対象となるものを、大量に集め始めます。
好きだから買うのではなく、買って圧倒的な量が集まってきたから好きになるという戦略です。

 

「ない仕事」を成立させるためには、ここまで述べたとおり、
好きな才能と広める才能、収集癖と発表癖、そのどちらもが必要です。

 

 

ちなみに私はニッチモテです。


な好きなものや妄想を理解してくれる人が少なかったり、
流行にさほど関心ないとニッチな立場に置かざる得ないと気づきまして。



潜在的にメジャーモテに憧れても絶対なれないキャラクターなのかーと
感じながら独自の世界観をつくっていきました。

 

メジャーモテはかっこいい、ニッチモテはダサイと感じていました。

 
でも本当そうなんでしょうか?

 

 具体的な例を出すと私は美術館によく行ってた時期がありました。

趣味を聞かれれば「現代アートが好き」と言っていたんですが
実は他にも好きなものがあるんです。

 


それはトイレや洗面台を見ること。

 

たまたま行った展示会で見つけたユニットバス。

もらったポストカードにはおしゃれなバストイレの写真がつづってあって
一気に惹かれる。
それからはTOTOのショールームに行ってカタログを集めたり(重い)
ライバル会社のリクシルにもお邪魔して色々質問しては、

 


「いつか、キレイなトイレとバスの写真集をつくりたい」と願うようになったわけです。


いったんトイレ熱は冷めたものの、最近になってまた気になって
「トイレ 写真集」って検索したらすでにこんな写真集が発売されてました。

 

2016年って最近ですね。これはもっと前から動いてればよかったのか?
と、なおさら悔しいですが。

「こんなことに夢中になっていつの間にか一人になっていたらどうしよう」って思うかもしれません。
他人事のように書いてますがそれ私です。私。

でも、自分がニッチであることと人から好かれるかどうかは別なんでご安心を。
そんなことより好かれないのを自分がやっていることのせいにしないように。

 

 

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